大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和26年(う)279号 判決

控訴人 被告人 柳内留吉 外三名

弁護人 渡辺正治

検察官 屋代春雄関与

主文

本件控訴は孰れも之を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人等の負担とする。

理由

弁護人渡辺正治の陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人名義及び被告人等名義の各控訴趣意書の記載と同一であるので茲に引用する。

弁護人の控訴趣意第一について

記録を調査し各起訴状を精査するに公訴事実として所論のような被告人の経歴関係や犯行の動機等仔細に起訴状に記載されているが本件のような暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件に関する公訴事実については犯罪の構成要件に該当する事実のみを記載した丈ではこれを具体的に明確ならしめることは困難であつて寧ろ被告人の経歴、犯罪の動機等も或る程度記載することが必要である。しかして前記起訴状記載の経歴や動機の記載は本件犯罪についての具体的事実を明らかにするため必要な程度のものと認めうるので刑事訴訟法第二百五十六条第六項に規定する「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある場合」に該当しないことが明らかであるから本件公訴事実の記載に違法の点はなく論旨は到底採用の限りでない。

同第三の(一)の12及び被告人等の控訴趣意第一、第三点について

しかし憲法第二十八条により保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は尊重されなければならないことは勿論であるが同法第十二条が明言しているとおり国民はこれを濫用してはならないのであつて常に公共の福祉のために利用する責任がある。さればこの権利は無条件に勤労者の権利として正当化されるのではなく、労働関係諸法規の精神並に社会通念上自ら一定の限界があること当然であつてこの限界を逸脱した行為は権利の濫用となり刑罰法規の対象となること明らかである。よつて本件につき是をみるに行政機関職員定員法は既に国会により制定され施行されたもので使用者である郵政省並に電気通信省は之に拘束されて定員の整理を実施しなければならない立場に置かれていたのに拘らず、単に右本省の代理者として解雇の通告をするに過ぎない郵便局長や電報電話局業務長に対し原判示記載のような方法でその退庁を阻止し長時間に亘つてその自由を拘束して一挙に被告人等側の要求を貫徹することのみに走つたもので被告人等の右行動は正当な勤労者の権利行使の埒外に出たものと認めるのを相当とする。換言すれば右は公共の福祉のために団体交渉権を利用したものと認めることは出来ない。寧ろ右解雇こそ公共の福祉のために行われたものと結論することが出来る。斯様な情状であるから被告人等の所為には違法性がないとなすことは出来ない。又右は原判示大会の決議に基因して行はれたものとするも該決議は原判示のような違法行為まで要請しているものと認めることは出来ないのであるから被告人等に犯罪構成要件の認識がなかつたと認めることは出来ない。各論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三の(一)の3について

しかし通常人をして被告人等の立場に置くとき必ずや被告人等がとつた原判示のような違法の行為に出るものと断ずることは出来ないと認めるべきであるから論旨は採用しない。

同第二、第三の(二)第四及び被告人等の控訴趣意第二、第四点について

よつて記録を精査し原判決摘示の証拠を綜合して考察するに被告人等に関する原判示事実は全部優に認定しうるところであつて原判決には事実誤認を窺うべき事由や法令適用の誤り等は存しない。所論は独自の見解に立脚して原判決の認定を批難するものであつて賛同することは出来ない。なお右所論第四の末段で原判決は数人共同して判示犯行をしたものであるとの事実に対し暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項を擬律したのみで同項所定の何れの犯罪かを明示しない違法があるというのであるが原判示事実によれば数人共同して刑法第二百二十二条の罪を犯したことを窺いうるのであるが斯る場合暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項の外刑法第二百二十二条を常に掲げなければ原判決破棄の事由となるということは出来ない。何となれば同項に掲げる犯罪の罰条が仮りに取り違えて記載されたとしても其の法定刑には異同がないのであるから結局判決には影響がないとすべきである趣旨に鑑みる時、明らかに右を原判決破棄の事由となしえざることを肯認しうるところである。以上のとおりであるから論旨は孰れも理由がない。

弁護人の控訴趣意第五について、

記録を調査し被告人等の経歴、犯行の動機態様、其の他諸般の情状を斟酌考量するに原判決の量刑が重きに失する不当があると認めることは出来ない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却すべく当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項により被告人等の負担たるべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

弁護人渡辺正治の控訴趣意

第一、原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第二号に反し、不法に公訴を受理した違法があるといえる。即ち被告人等に対する本件起訴状には、何れもその冒頭において『全国逓信労働組合副支部長云々………又は何々委員、或は同組合員であるが云々………』次に原審相被告人後藤鉄之助、同柴田明男については『………は共産党員であるが云々』と記載し、更にこれに続いて被告人等の犯罪事実に直接に関係のない即ち犯罪の日時に遡ること四十三日、同十二日である、昭和二十四年七月一日催された全逓郡山支部大会及び同月三十日催された郡山郵便局職場大会の事情を詳細に亘り記載し、これを朗読したものである。本件起訴状冒頭の右のような記載事実は、全国逓信労働組合員がすべて共産党員であるような感を抱かしめるものであり、殊に吉田内閣の採る政策の中に共産党の非合法化が企図されていると云う噂が大きい矢先に、共産党員といえば直ちに非合法的行為を敢えてする者とか、暴力行為的煽動分子であるという心理的推断をさせるに十分であり、且つ組合大会、職場大会を開催したというような事実記載自体のみで既に本件犯罪といわなくとも、何等かの犯罪を犯しているのではないかという予断を生ぜしめる虞あることは充分であつて、もとより右の事実は本件犯罪の構成要件をなすものでなく、また本件犯罪事実の内容をなすものでもないのであるから、これを起訴状に引用することは、刑事訴訟法第二百五十六条末項に違反するのではなからうか。そうなのに原審は公訴棄却を言渡さないで本案の判断をした違法があると思うのである。

第二、原審はその訴訟手続に法令違反がある。そしてそれは判決に影響を及ぼすことが明かであるとおもう。

原判決は証拠によらずして事実を認定した。即ち原判示はともに被告人が意思共通のもとにといつて共犯を認定しているが、何れの証拠をみても被告人等にかゝる意思共通の事実は顕われていないのである。従つてこれは証拠によらずして事実を認定した違法があるといわなければならない。

第三、原判決は事実を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かであると思う。

(一) 原審各証拠によつてみるのに

1、被告人等には犯罪を構成する違法性がない。即ち原判示各事実は、使用者側が被告人等の意思に反し解雇するのであるのに、その理由を明示しないでなした急迫な、不法な解雇であるから、被告人の生活権乃至経済的利益を擁護するとともに、労働者の地位を保全しこれが向上を計る為め、やむを得ずして為した正当な労働運動を行つたに過ぎないのであり、憲法第二十八条及び労働組合法によつて保障された団体交渉の範囲を出たものでないから、何れによるも違法性はないのではなからうか。

2、各被告人等が為した原判示各所為は、被告人等が共に全逓郡山支部員であつて、昭和二十四年七月一日、同年七月三十日の支部及び職場大会で為された『首切り』反対の闘争方法の決議に従い組合員として忠実に実行すべきものと信じて為されたものであるから、各被告人には犯罪構成要件の認識がなかつたものといえるのではあるまいか。

3、各被告人等は退職させられては明日からの生活にも困窮する者であること明かであるが、このような者が全然予告なしに突然不当に解雇の理由を明示しないで解雇の辞令の交付を受けるにおいて驚愕、興奮することは想像するのに難くないところである。何人もこのような状態におかれたとしたならば、判示のように退職にされる理由を訊ねたいのは当然であつて、平穏な言動で済まされるとは到底期待することができないのではあるまいか。もしそうであるとすれば、各被告人等には何等責任がないといわなければならない。

(二) 原審各証拠によつてみるのに

1、各被害者である、秋山局長、遠藤業務長は、被告人等に対し解雇の辞令を交付するのに、一言半句解雇の理由を明かにしないのみでなく、その理由を尋ねられても全くその返答を与えていないのである。このような場合において以前催された支部及び職場大会で決議された『首切り反対』の組合の闘争である団体交渉のあることは右局長も業務長も予知していたところである。しかも組合員の交渉は局長等と団体員が膝つき合せて対談するのをつねとしていたのであるから、被告人等が多少不穏な言動をした事実があつたとしても、局長、業務長等に畏怖の念を生ぜしめるものではないのであつて、これをもつて脅迫行為と目するのは当らないのではあるまいか。

2、(イ)判示第一、同第三の事実については、精査した証拠によつても判示のような脅迫行為も、不法な監禁を為した事実もないと認定するのが至当ではないだらうか。(ロ)原判示第二の事実については、全証拠をみても、全く脅迫の事実も不法に監禁した事実もないのであつて、それは女性的な泣きながらの平穏な態度で業務長に解雇理由を尋ねていたものに過ぎないとみるのが正しいのではなからうか。殊に入室禁止の表示のある業務長室に入つたのが不法に侵入したものと認定したのは誤認も甚しいものである。即ち被告人鈴木カメヨは業務長室の扉を『ノツク』して入室しているのであり、業務長も同席の古宮正次予算係長も拒否した形跡がないのである。また被告人柳内が同室に入つた際は右立入禁止の表示ある室の扉が開いていたばかりでなく、入室を拒否した事実もないのであるから、少くとも黙示の承認があつたものといつてよいのであるから、右の建物侵入の事実はないのではあるまいか。

第四、原判決は事実誤認による法令の適用に誤があると思う。原判示において、法令の適用は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項をそれぞれ適用しているのであるが、同法第一項は分析すれば「団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ」「団体若ハ多衆ヲ仮装シテ威力ヲ示シ」「又ハ兇器ヲ示シ」「若ハ数人共同シテ」となるのである。ところが本件判示各所為について最後に数人共同して為されたものと認定している。しかし前に述べたように数人共同した事実を認定することはできないのであるから、前示の法令を適用したのは誤といわなければならない。若し同法を適用するとしても同条第一項の何れに該当する事実かを法令の適用の際明示すべきにこれを為さないのは法令の適用に誤があつて、判決に影響を及ぼすことまことに明かである。

第五、原判決は量刑不当であると思う。各被告人等に対する判示事実が認定されるとしても、量刑は重過ぎるのではなかろうか。

被告人柳内留吉外五名の控訴趣意

第一点本件は昭和二十四年、当時吉田内閣の売国的フアシヨ的政策のために中小企業が相次いで倒壊し、労働階級が失業の不安にさらされて居る情勢の中で、多数の暴力を以て国会を通過せしめた、民自党提出による定員法に基いて行われた行政整理に対し、官業民間を問はず労働者が産業復興と生活権ヨウゴのための強力な反撃闘争として行なわれたものであり、国鉄労働組合全国大会では既に行政整理を阻止するために実力行使を決議して居り、わが全逓信労働組合に於ても秋田に於て事業復興と行政整理阻止のため第七回臨時全国大会を開催し、通信事業は我々逓信従業員の祖先や先輩によつて堂々として、きずきあげて来たものであり決して亡国的な者によつて職場を追ひ出されるものではなく、我々は事業の復興のためにあく迄職場を守ると決議され同年七月三十日には同労組郡山支部に於て臨時大会を開催し全国大会の決議を満場一致で確認し判示前文の如き決議がなされたものであり被告人等はこの決議を忠実に履行しようとしたものであるに過ぎず、その実行方法においても何等違法性はない。しかるに

第二点原判決を検討するに「互に意思共通し」「多衆の威力を示し」「自由に危害を加えるべき気勢を示し」局舎内に監禁したものであると認定して判示しているが、そもそも団体交渉なるものは交渉の相手方を必ず必要とするものであり、一人や二人の人間による交渉を団体交渉等と言わないことは言うまでもなく、又多少激した口調で発言がなされたとしても、これが団体交渉自体から生ずるものである限り当然であり、権力をもたない労働者が多数の威力を示して交渉に当ることは当然でありもしこれが禁止されるなら団結権なるものは、単なる空文に過ぎなくなるであらう。しかるに本件においては、それぞれ大会の決議など大衆の決定に従つて行動したに過ぎず、判示のような行動があつたからとて、それが不法監禁行為の手段となつたとしてもその刑事責任を被告人等に負わさせるには、刑法理論上、被告人等に犯意があつたことを証拠により証明されなければならない筋合である。殊に原判決は刑法第六十条を適用しているのであるが被告人相互の間に共犯関係があるとするならば、その証拠を挙示しなければならない。然るに原判決の証拠説明を検討するに只証拠を羅列したに過ぎず、その如何なる部分により判示の如き認定をしたかは不明であり特に原判決認定の「解雇の理由を訊すことにしようと話し合ひの上」とか「脅迫並に自由拘束の意志共通の下」「局舎内から退出し得なくさせて同局舎内に監禁し」と言う様な証拠は一つもない。又暴行脅迫等の行われた事実もない。従つて原判決には理由不備、又は理由齟齬の違法があるから之を破棄すべきものと信ずる。

第三点更に本件について「馘首と言ふ組合員の死活の問題に対し」労組側の決議の線にそい、その理由を訊すことは当然であり之に対する管理者側の交渉の態度は不誠意極るものであり少くとも終戦後日本労働運動史上にはその例を見ないものであつた。この様な事実に対して原判決は不当にも「本件行動は正当な勤労者の権利行使の埒外に出たものであつて違法性阻却の事由に該当するものとはなし得ない」旨を判示しているが、併し乍ら外形上所謂監禁のような事があつたとしても、それが不法であるかどうかを判断するには当時の状況等を資料として検討し労働運動として真に止むを得なかつたかどうか。正当な組合活動であつたかどうかを判断すべきであつて単に監禁の様な状態にあつた故に労働法の適用の余地がないといふなら労働法は単なる空文に等しいことになる。従つて原判決は憲法に違反し法律の解釈を誤つた違法性があると断ずる。

第四点本件における被告人等は吉田亡国政府の恥しらずな売国政策の結果、荒廃して行く通信事業を復興し組合員の生活の向上の利益ヨウゴのためにこの売国政策に強く反対して来たものであり、生活の貧困の原因が吉田政府の帝国主義者の戦争政策への奉仕のための現れであるが故に、戦争に反対し平和を守るために闘つたものであり本件は悪ラツな政治的意図に基く反戦平和愛好人民に加えられた弾圧事件であつた事は証明する迄もなく全国民の前に明かにされた事実である。しかるに裁判官は権力に屈し理性を失い常識を失い、良心を失い原判決の如き不当な恥しらずの判決をしたものである。従つて原判決は事実を故意にワイ曲に判断したものであるから破棄すべきものと確信する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例